2014年3月3日月曜日

アメリカのカップラーメンはまずい?

親が送ってくれたカップラーメンもそろそろ底をついてきたので、今日はそのカップラーメンの話をしよう。


アメリカで暮らしていると、日本のカップラーメンの質の高さに気づかされる。スープはもちろんのこと、麺のクオリティーを追求し、即席のチャーシューまで入っている。おそらく世界中のどこを探しても、ここまでこだわりのある即席麺は存在しないだろう。ラーメンに対する日本人の探究心は、ハンパではないのだ。




そんな即席麺大国ニッポンに生まれてしまった僕には、アメリカの工夫もヘチマもないカップラーメンが衝撃的だった。麺はちりちりでふやふやだし、スープはうまみも何もない。それに、なぜか芯の固いグリーンピースが浮かんでいる。一体なんなんだ、これは。挙げ句の果てに「シイタケ味」という微妙な味が、一般的なフレーバーとして存在しているのだ。


日本のブランドでないならまだわかる。しかし、なぜNISSINカップヌードルまで味が違うのだろうか。これは不思議でならない。ネットで「アメリカ カップヌードル まずい」と検索してみると、238,000件もヒットした。自分以外にも多くのアメリカ在住の日本人が、「アメリカで売っている日清カップヌードルはなぜ不味いの?」という疑問を持っているらしい。そこで、このNISSINカップヌードルに絞って検証してみよう。


アメリカのカップヌードルには、日本と同様にいくつかのフレーバーがある。代表的なものが、「Beef」「Chicken」「Shrimp」の3つだ。





見ての通り、日本とは違って箱に入っているのが特徴だ。これに対して日本の代表的な味は、オリジナル、シーフード、カレーと言ったところだろうか。これらのフレーバーを比較すると、ひとつ大きな違いがあることに気づく。アメリカのフレーバーが一つの素材(牛、鶏、エビ)なのに対して、日本のは複数の素材が混ざった味なのだ。例えばオリジナルなら、鶏肉、豚肉、エビ。シーフードは鶏肉、豚肉、かに。カレーは鶏肉と豚肉だ。


日本のカップヌードル
この画像を見てもわかるが、エビと豚肉、鶏肉が使用されている。


一方、アメリカのカップヌードルは、単一の肉類が使用されている場合が多い。Beef味なら牛以外は使用されていないし、Chicken味は鶏肉しか使われていない。ただ、shrimp味だけは例外で、チキンパウダーとポークパウダーが使われているようだ。


僕は最初、宗教的な事情(豚肉を食べない人々)などを配慮した、多様性のあるアメリカならではの理由かと思っていた。しかし、このshrimp味の例外を見る限りそれは違いそうだ。では一体なぜ日本と同じような製法で作らないのか?


正確な答えはわからないが、意外とこれはシンプルな理由かもしれない。
ある日、同じ寮のアメリカ人の友達に日本のカップヌードル(シーフード味)を食べさせてみた。すると、少し味わったあと「複雑な味だね」と言って彼は箸を置いた。彼にはアメリカのカップヌードルの方が舌に合うようなのだ。日本のカップヌードルこそが世界で一番おいしいと思っていた僕にはショックだった。


つまり、どのカップヌードルがおいしいかは、その国の人の味覚次第ということなのだろう。確かに、アメリカの寿司は日本のとまったく違うし、アメリカのタコスもメキシコのと全然違った。どこの国の人にも、自分の口に合う味があるのだ。日本のイタリアンやフレンチ、中華料理が本場の味と違うみたいに。


個人的に、これはとてもおもしろいことだと思う。世界がグローバル化し、多様性が失われていると懸念される中で、実はグローバル商品の中にもローカル性が存在しているということなのだから。だから僕は口に合わないアメリカのカップラーメンを食べ、そのまずさを喜び、笑顔で「Interesting!」と言うのだ。

2014年2月25日火曜日

「アメリカ人は政治的関心が高い」は本当か



「アメリカ国民はみんな政治に関心がある。それに比べて日本人はだめだ」

 僕はアメリカに留学する前まで、多くの日本人と同様に、こう嘆く一人であった。それは現にアメリカに駐在経験のあるジャーナリストから聞かされていた話でもあったため、僕はすっかり信じきっていた。彼に聞いたアメリカ人政治私観はこうだ。

 アメリカ人は政治に関する意見をちゃんと持っている人が多い。カメラを向けてインタビューすれば、日本人より遥かに多く意見が返ってくる。彼らはたとえ意見が違ったとしても友人と政治について議論するし、その議論が終われば頭を切り替えて一緒に楽しく飲みにいく。

 こう語られるアメリカ人はまさに政治的に成熟した市民であり、憧れの対象でもあった。しかし、アメリカに来て半年が経つが、そのようなアメリカ人にはなかなか巡り会えていない。それどころか、政治的関心の薄い人たちばかりであることに驚いている。先のジャーナリストが見たアメリカに対し、今僕が見ている現実は正反対のものなのだ。


 寮の友人たち6人で話していたときのことだった。政治学の授業の話がきっかけで、話題はアメリカ政治に移った。これはチャンスだと思い、例のジャーナリストに聞いたアメリカ人観を話してみたら、「いや...実際は違うよ」と言われた。彼らによれば、アメリカでも政治の話題はセンシティブであり、意見が対立する友人同士ならなるべく避けるという。議論するのは一部の熱い人たちで、しかもプライベートなら同じ意見の人同士で話す場合が多いと言っていた。そしてこれは学生に限った話ではないと。

 これでは聞いていた話とだいぶ違う。では、政治への関心をデータで見てみよう。2012年のアメリカ大統領選の投票率は57.5%で、実はこれは戦後最低と言われた昨年末の日本の衆議院議員選挙の59.32%よりも低い。アメリカ中、いや、世界中がオバマオバマと騒いでいたのに、投票率はこんなにも低いのだ。さらに驚くべきことには、この数字は1968年以来、44年間の中で最も高い数字なのだ。

 例のジャーナリストがアメリカに滞在していたのは1996年から2000年までだ。ということは、彼がいたときのアメリカの方が、現在よりも投票率が低いということになる。それなのに政治的関心は当時の方が高い?もうあべこべだ。

 あべこべついでにもう一つおもしろいデータを紹介しよう。平成21年に行われた内閣府の調査によると、日本の若者の方がアメリカの若者より政治に関心があると答えた割合が多いのだ。関心があると答えた若者は日本で57.9%、アメリカでは54.5%だった。


 このギャップは何なのだろうか。ひとつには、アメリカ人の国民性であろう。日本人に比べ、アメリカ人は自分の意見を主張する傾向がある。これは、実際に暮らしていてよく感じることだ。そのため、たとえそのテーマに特に関心がないとしても、意見を求められたときに何かを言える人が多いのだ。だから街頭インタビューで日本人は「特にないっす」とへらへらしているのに対し、アメリカ人ははっきりと何か言うのだろう。

 もう一つは、ジャーナリストと学生という立場の違いがあるだろう。ジャーナリストは“何かがある”ところに話を聞きにいくのが仕事だ。だからアメリカの一部の熱い人たちが、彼らにとってのアメリカ人になる。一方、何もない田舎の大学に通う学生にとっては、“何もない”凡庸なアメリカに住む人たちこそが、アメリカ人の姿なのだ。


 このように、同じ対象でも相手や聞く人の立場によって印象は180度変わってしまう。そのため、我々は誰がしゃべっているかだけでないく、誰が聞いているかにも注目しなければならない。どんな人であろうと、話を聞く《自分》からは逃れることができないのだ。かくいう僕も、たった二人の青年に会っただけで、「シンガポール青年は素晴らしい!」と断言してしまっているのだから。


2014年2月18日火曜日

嗚呼、シンガポール青年の素晴らしさ!

 先週末、大学の主催するヨセミテ国立公園キャンプに行ってきた。
 参加者は12人だったが、そのうちの8人が留学生だった。僕の大学は留学生の数が少なく、普段キャンパスで過ごしていても会う機会などないので、留学生ならではの悩みやアメリカ観などを交わし、とても盛り上がった。
 その中の一人に、先学期親しかったシンガポール人の留学生と同じ大学から来た青年がいて、彼とよく話をした。アメリカに来てからの数少ない国際交流から僕が学んだことは、シンガポールの青年は実に好青年であるということだ。

 自然の中でキャンプをすると、一緒にいるやつの人となりは結構わかってくるものだ。今回出会った青年のように、先学期仲良かったシンガポール人青年ともよく一緒にキャンプをしたのだが、彼らはどちらも自立しており、とてもよく気が利いた。誰かが何かをやらなければならないときは率先して手を挙げ、テキパキとこなしてしまう。
 僕はその姿に感激し、気になって理由を聞いてみた。すると、どちらの青年も同じ答えだった。それは、兵役である。シンガポールの男性は、大学に入る前に2年間の兵役が義務づけられている。それによってシンガポールの男性は規律を訓練され、自らの手で生きていく力を身につけるというのだ。

 二人とも兵役は本当にいい経験だったと言っていた。これは徴兵制のない日本で育った僕には衝撃的だった。だが、話を聞いてるうちに徴兵制のメリットが少しずつわかってきた。
 それは自立、規律、仲間の3つだ。ひ弱で何もできない僕たち日本男児とは違い、シンガポール男児はそれこそジャングルでもテントを張って生きていける。また、寮での厳しい共同生活も経験しているため、誰もが部屋を綺麗にする習慣を身につけるというのだ。また、マナーもしっかりしている。これは規律訓練の賜物だろう。
 そして何よりも、兵役の2年間は苦楽を共にした一生の仲間ができるという。僕の友人は、その友達なら何があっても心から信頼できると言っていた。それは、訓練で文字通り“命”を預けあったからだそうだ。それを聞いて、正直少し羨ましく思った。

 だが、徴兵制の目的をもちろん忘れてはいけない。彼らはいざというときに戦争に行かなければならないのだ。アメリカの大学で生物学の教授になるのが夢だという先の青年は、もし戦争があったら必ず国に戻って戦うと言っていた。それは、家族や友人のいる母国を守りたいからだ。
 僕はその戦争に疑いがあっても参加するのかと聞いた。すると、彼は少し考えてからこう言った。民主主義国家であるシンガポールは、国民の半分が徴兵される男たちである。当然みんな命は捨てたくないから、合理的に考えて必要のある戦争しか選択しないはずだ、と。
 何かの邪魔で会話はここで途切れてしまったが、これは少し危険だと思った。集団は必ずしも合理的な選択をするとは限らないのに、それを信じて疑わないからだ。事実、ドイツは民主主義だったがヒトラーを選んだのだ。彼はとても思いやりのある好青年で、とても良い友人だ。だから、彼が戦争に行くのを想像して、胸が痛んだ。

 日本に徴兵制があった方がいいかと聞かれたら、答えはNOだ。どんなに立派な青年を育てたところで、その先に戦争があるのは間違っているからだ。
 しかし、徴兵制の代わりに何か規律訓練をする機会があってもいいはずだ。それは男女共にだ。例えば義務教育の一環で厳しい寮生活を課すとか、そんなものがあったらいいと思う。日本の青年とシンガポールの青年の歴然とした差を埋めるには、それしかないのではないか。
 僕がもし女性だったら、日本人男性よりシンガポール男性を結婚相手に選ぶだろう。

2014年2月11日火曜日

坂口安吾「特攻隊に捧ぐ」を読んで

坂口安吾の「特攻隊に捧ぐ」を読んだ。
短いエッセイだが、彼の感性の鋭さが痛いほどよくわかる内容だった。

まず、このエッセイの主張を簡潔に述べている箇所があるので抜粋する。

私は戦争を最も呪う。だが、特攻隊を永遠に讃美する。その人間の懊悩苦悶とかくて国のため人のためにささげられたいのちに対して。
(抜粋:: 坂口安吾. “特攻隊に捧ぐ”。 iBooks. https://itun.es/jp/fa5hI.l)

彼は特攻隊を生み出した戦争というものこそ最も残虐で憎むべきものであり、もう二度と同じ過ちを犯してはならないと誓いながらも、その結果として現れた若者たちの「殉国の情熱」はとても美しく尊いものだと言っているのだ。自らの頭に思い浮かぶ家族や恋人を死と並べて格闘し、国のために命をささげたその苦悩と完結。その無償の行為こそが最も美しいのだと。

この特攻隊の姿に対するあまりの称賛を読んでいると、一見その美を生み出した戦争を讃美しているようにも取れてしまう。しかし、安吾にはその懸念がしっかりわかっていて、その上でこの主張をしているのだ。

私は然しいささか美に惑溺しているのである。そして根柢的な過失を犯している。私はそれに気付いているのだ。戦争が奇蹟を行ったという表現は憎むべき偽懣の言葉で、奇蹟の正体は、国のためにいのちを捨てることを「強要した」というところにある。奇蹟でもなんでもない。無理強いに強要されたのだ。これは戦争の性格だ。その性格に自由はない。かりに作戦の許す最大限の自由を許したにしても、戦争に真実の自由はなく、所詮兵隊は人間ではなく人形なのだ。

とある。しかし、このあとに文章はこう続く。

けれども私は「強要せられた」ことを一応忘れる考え方も必要だと思っている。(中略)その次に始まったのは彼個人の凄絶な死との格闘、人間の苦悩で、強要によって起りはしたが、燃焼はそれ自体であり、強要と切り離して、それ自体として見ることも可能だという考えである。否、私はむしろ切り離して、それ自体として見ることが正当で、格闘のあげくの殉国の情熱を最大の讃美を以て敬愛したい

この“切り離す”態度が僕には素晴らしく感じられるのだ。
戦争のことを考えるとき、我々はつい“善”か“悪”かにまとめて括ってしまいがちになる。しかし、安吾は戦争をきっぱり否定しながらも、そこから切り離して特攻隊の「殉国の情熱」を礼讃しているのだ。その「殉国の情熱」とはただ単純なことで、他を想い、そのために自分を捧げることに他ならない。それは戦争とは一切関係ないことだ。物事を分析するときに、その中から善悪をそれぞれ抽出し、切り離すことの大切さ、難しさ。しかし、それが大事なのではないか。その姿勢を、安吾自身はこう綴る。

我々はこの戦争の中から積悪の泥沼をあばき天日にさらし干し乾して正体を見破り自省と又明日の建設の足場とすることが必要であるが、同時に、戦争の中から真実の花をさがして、ひそかに我が部屋をかざり、明日の日により美しい花をもとめ花咲かせる努力と希望を失ってはならないだろう。

ただ、こういう反論があるかもしれない。安吾は特攻隊員たちを「強制される側」として見ているが、その特攻隊員たちによって殺された家族のあるアメリカ兵たちはどうなのか。彼らは特攻隊によって死を「強制された」人たちではないのか、と。この点に関しては、彼の感性はジャーナリストではなく、芸術家であったと言わせてもらう。彼は特攻隊から指令という強制を引き剥がしただけでなく、殺人という結果すらも剥がしてしまったのだ。あくまでも純粋に、その死との格闘というプロセスだけを抽出して。その抽出された美こそが、このエッセイ最大の魅力と言えよう。

2014年2月9日日曜日

波平の声ー移ろいゆく日常

今アメリカでは時計の針が深夜2時を指している。日付が変わって日曜日になった。日本ではちょうど今頃、サザエさんが終わった頃だ。先日亡くなった磯野波平の声優・永井一郎さんが、生前収録していた最後のエピソードだった。永井さんは1969年にサザエさんの放送が始まって以来、ずっと波平の声優を演じてきた。それは毎週末僕たちを笑わせ、ときに泣かせてきた、日本を代表するお父さんの声だった。その声も今日で最後となる。

お母さんが夕飯を料理をしている間、何気なくテレビをつけ、サザエさんを特に見るともなく流す。それを見たお父さんは、明日からまた仕事か、と少し憂鬱になったり......。放送開始から45年間という長い長い年月。それは、現在日本に生きるほとんどの人の、人生の半分以上を占める時間だ。その途方も無い時間をかけて、サザエさんはゆっくりゆっくり、国民の日常生活の一部になった。そしてそんな日本の日曜日は、今日まで永久に続いていくものだと思われた。しかし、そうではなかったのだ。

慣れ親しんだ波平の声。それは、次の新しい声にバトンタッチされる。初めのうちは違和感を覚えるかもしれない。しかし、またゆっくりと時間が経っていき、人々はその声に慣れていく。その間にまた新しい命が生まれ、昔の波平の声を知らない子どもたちへと、社会もバトンタッチされていく。当たり前だが、日常はゆっくりゆっくり生まれ変わっていくのだと再認識する。波平の声がもう聞けなくなるのだという感慨は、移ろいゆく日常に押し流されていく者たちが、それに一瞬でも気づいてしまった哀れさなんだと思う。僕は日本の日常から遠く離れたアメリカで、そんなことを考えていた。

2014年1月25日土曜日

日中・日韓関係の改善は坂本龍馬に見習うべし

この前、イギリスに留学している友達がFacebookでこんな投稿をしていた。

”ついに出た

 日本はいつまで戦争謝罪をしないの?

 という質問が。"

香港からきた留学生の友達に、さらっと言われたらしい。
彼のように海外で学んでいると、このようなドキリとする質問に出くわすことがある。
たとえさらっとした言い方だとしても、それを言われた側は感情を害する。これは例えるなら、夫婦喧嘩の始まりに似ている。何気ない会話の中でさらっと昔のことを掘り返され、批判をされたときのような気持ちだ。

「もうそれは済んだことだし、あのとき謝ったじゃないか!」
「いや、あなたは謝ってないしまだあのときのことは忘れられない!」

これは長年一緒にいた夫婦なら、誰しもが経験したことがあるだろう。そしてその経験からもわかるだろうが、このような喧嘩は堂々巡りで不毛だ。過去ほど不確かなことはないし、それに結論を出したところで何も生まれない。むしろ、確かな答えの出ない問題を無理矢理解決の形に持っていったところで、その先も消えることのないしこりが残るだけだろう。だからこそ、賢い者ならば“今”に目を向けるべきだ。お互いに解決しようがない問題を抱えていることを前提とし、それをもう未来に繰り返さないようにすること。その分、この先は互いの利益になるような未来を作っていく努力をしなければならない。真に未来に目を向けている者は、その前進のためならプライドだって譲るだろう。その方が良い未来があるとわかっているからだ。

だが、このように口先だけならいくらでも言える。実際の当事者からすれば、頭で理屈はわかっていても、その感情が収まらないだろう。こうした感情の深く絡まった問題は、議論だけでは解決できないことが多い。ではどうすればいいか。そこで、私は今こそ坂本龍馬の知恵を借りるべきだと思う。

坂本龍馬は犬猿の仲だった薩摩藩と長州藩を握手させ、遂に江戸幕府を転覆させるに至った。だが当時の薩長の仲の悪さは、現在の日中や日韓の比ではなかった。深い対立の歴史があり、お互いのことを殺したい程に憎んでいた。むろん、そこには議論の余地などなかった。そこで、龍馬はまず経済に目を向けた。互いに利益になる経済なら断る理由はない。「金が儲かることなら、薩摩も長州も手を握るだろう」というわけだ。そうして全く歴史的な議論とは関係のないところで手を結ばせ、少しずつ対立感情を和らげていったのだ。確かに、当時は幕府という共通する大きな敵がいた。そしてさらにその外には外国の圧力もあった。そういった状況だったからこそ、手を結ばざるを得なかったのも事実だ。しかし、現代は江戸時代末期と状況が大きく違えど、この基本的なアイディアは使えるのではないか。幸運にも、現代には幕府のような腐敗した独裁体制や外国の植民地化の勢威のような危機はないが、代わりに違う問題が転がっている。例えば原発や温暖化をはじめとした環境問題は、人間の安全を脅かす脅威である。これらを解決していくために、東アジアで手を結ぶことだってできるだろう(姜尚中氏も東アジア共同体構想でこれを語っている)。

歴史や史実に関する堂々巡りの議論では、絡まった感情の糸をほどくことはできない。だからこそ、違う方向で手を結ぶのが重要だ。そのようにして徐々に解れていった感情は、いずれ必ず時間が解決してくれる段階がくるはずだ。それまでは過去を掘り返すのではなく、前を向いて互いの利益を目指していく姿勢を持ちたい。

希望はある。冒頭で紹介した友達の投稿には、40件以上もの若者のコメントがあった。そこには賛否両論あったが、共通しているのは“関心”があるからコメントをする、ということだ。時間に解決してもらうというのは、無関心でい続けることではない。お互いに関心を持ちつつ、前を向いていくことなのだ。

2013年12月8日日曜日

追悼:ネルソン・マンデラのこぶしを見よ!


「またひとり、この世から偉大な人物がいなくなった。」

こういうオシャレなレトリックを使ったつぶやきは大変結構なのだが、その中で一体どれだけの人が、ネルソン・マンデラが偉大だった理由をちゃんと知っているだろうか?

正直、僕は訃報のあと彼の人生を調べるまでほとんど知らなかった。知っていたのは、彼がアパルトヘイトの廃止に貢献してノーベル平和賞をもらい、南アフリカ初の黒人大統領になったという基本的な情報ぐらい。おまけにニュースで彼の顔を見たとき、「全然モーガン・フリーマンに似てねぇ...」と思ってしまったレベルだ。

彼の人生について詳しく説明すると長くなるので、そこはwikipediaでも
使って各々でぜひ調べて頂きたいのだが、ここでは僕にとって印象的だったことだけを書こう。


僕もそうだったが、ネルソン・マンデラというと平和主義者というイメージがある。まあノーベル平和賞を取っているから当然と言えばそうだろう。そのため、多くの人は彼が投獄前、ウムコント・ウェ・シズウェ(民族の槍)という軍事組織を作り、その司令官になったことを知らないだろう(もっとも、実際にこれで軍事行動を起こしたわけではないが)

若かりし頃、マンデラは平和主義的な方法で南アのアパルトヘイトに対抗していた。しかし彼は17年にも及ぶ抗議を続けるうちに、状況を変えるのに平和主義的な方法では限界があると感じた。そこで実力行使に方向転換し、民族の槍を作り、黒人労働者たちによるストライキやサボテージュを指揮したのだ。そのため、彼は政府への反逆罪で27年間投獄されることになる。彼の自叙伝によれば、この投獄期間は頭を冷やし、実力行使という手段を見直すいい機会であったと述べている。しかし重要なことに、出所後に彼は黒人の参政権が与えられるまで軍事組織は解体しないと宣言している。その後、彼はアパルトヘイトを廃止し、民族協調へ向けて様々な難問に取り組んでいく。

驚くことに、ここ数日のネルソン・マンデラの訃報を伝えるニュース記事に、これらの情報はほとんど見当たらない。しかし、負の歴史に対して血の滲むような努力で闘い続け、民族に融和をもたらした不屈の精神は、このリアリスト的な一面なしでは語れないだろう。

もしマンデラが投獄されず、頭を冷やすことなく突き進んでいったらどうなっていたか。歴史にもしもはないが、つい想像してしまう。そうであれば、歴史は彼に今と真逆の待遇を用意していたかもしれない。しかし、結果は違った。彼は何度も壁にぶつかることで極限までに現実的に考え、そして投獄中27年間も冷静に潜考した。朝日新聞の天声人語(2013.12.7)は、彼のことをこう讃える。「
掲(かか)げるこぶしのあれほど
高かった人を、ほかに知らない。」その“理想”に向けて掲げたこぶしは、誰よりも現実的で洗練されたものだったに違いない。


先日「特定秘密保護法」が成立したが、与党も世論も、少しマンデラを見習ってはどうか。何でもすぐに「反対!」と叫ぶメディアや世論は、もっと問題を多面的に見て、現実的で有効な批判をするべきだ。一方、与党はこの重要な法案についてもっと時間をかけて潜考し、洗練させなければならない。
個人的には今回の法案には内容の不十分さ、強行採決という手段ともに反対だが、秘密保護自体は外交上必要だと思う。しかし、この議論不足の特定秘密保護法案には不安を抱かずにはいられない。安倍政権の掲げるこぶしは、人を殴るためのこぶしにはならないだろうか。責任は、彼を選んだ我々にもある。法案は通ったが、これからが肝心だ。